2004年1月10日

百間と再創作の技

 内田百間の「烏」(1921年)は、3ページちょっとの短い作品の中に、作中の「私」にとって分からないものが、これでもかと詰め込まれた作品。「毛物の形をした山」、「真赤な花」、「得体の知れない置物」、「犬のべうべうと吠える声」など「幻想的」で、読者にしてみれば、「私」の「深層心理」を探りたいという気持ちになる。ところが、作品自体があまりに短いので、何のことか分からないうちに終ってしまう。文章をコンパクトにするための練習をしている百間の習作かと見まごうばかりだ。
 しかし、この作品には原形となった作品がある。タイトルも同じ「烏」で、旧制第六高校在学中に校誌「校友会会誌」(1910年)に掲載された。よって新しいほうの「烏」は習作ではなく、「完成作」なのである。

 原形となった旧「烏」は、百間本人とおぼしき私が四国のお遍路めぐりをした時のエピソードをつづっている。全集でのページ数は6ページ強。街道、船着きの街、宿屋、従業員、隣の部屋の客など具体的に描写され、烏や猫が登場し、不可思議な雰囲気を漂わせてはいる。
 一方、新「烏」は半分近い分量にまとめられ、猫は登場せず、烏の鳴き声と羽を毟られる様が間接的に記される。二つを読み比べると、削った部分や組み合わせてエピソードを再構築した部分がよく分かる。
 百間が新「烏」を執筆するときに、旧作をどこまで参照したかは分からない。新たに記憶をたどり直したのかもしれない。しかし、それ以降、死ぬまで百間のつづり続けた「随筆」は、そうした「再創作」の連続で、この「烏」には、その最初の技を見ることができる。
 付け加えると、決して、こうした変形を作家の心理に還元しないようにしよう。

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