2004年2月11日

矢作俊彦『ららら科學の子』と1968年

 矢作俊彦の作品を初めて読んだ。『ららら科學の子』(文藝春秋、2003)は、30年間日本と隔絶した生活を送った主人公が、東京の変貌に戸惑いながら、かつての親友に支えられ、結局、初めて正式に海外へ出国する物語だ。昨年、結構話題になっていたはずで、「鉄腕アトム」をイメージしたタイトルと中国語版のアトムが配された表紙は印象的だった(しかし、装丁者をクレジットしているのはともかく、「タイトル 山田鉄朗」とはどういう経緯なのだろうか)。

 渋谷の鯨料理の店や電車の改札、公衆電話、表参道の町並みなど、30年間の変貌を「へぇーっ」と驚き、頷きながら読む分だけでも結構楽しめるし、昭和天皇が死亡し、元号が変わったことに気づく部分の心理は大西巨人の『深淵』での主人公の反応と比較して読むと、1989年1月に日本にいて、その異様な光景をまじまじと記憶する世代にとって興味深いだろう。しかし、それだけである。
 1968年の全共闘運動とその参加者たちのその後の描き方は陳腐で、「あの時代」と懐かしむだけの全共闘世代の退屈さと同じものを感じてしまう。妹の思い出や、中国に残してきた妻ら彼の生活誌が、巧みにちりばめられているが、結局は主人公の「自分探し」なのだろう。結末を読んで、その感を強くした。10代、20代の若い世代がしきりに「自分探し」というのは、笑って済ませられるけれど、50を過ぎた主人公の「自分探し」は滑稽である。
 彼を携帯電話越しに金銭的に支える親友、志垣は最後まで日本には帰国せず、電話で部下に彼を支えるように指示するだけだ。その仕事の不明確さもあって、主人公の「自分探し」という物語を見えないところで支える超越的な存在になってしまっている。
 運動の中で、偶然殺人未遂に問われ、紅衛兵華やかりしと思われた中国に逃亡し、結果として山奥に下放された主人公という思いつきはともかく、その果てが流行の「自分探し」では、なんともやるせない。
 しかし、一気に読ませる文体と、「成田空港はできちゃたんだね」といった何気ない表現から時間の流れを想起させる文章は面白く、この続編が出たら、怖いもの見たさで読んでしまうのだろう。

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