2004年2月 6日

内田百間をめぐる断章(2)

 『恋文・恋日記』を見るなら、そこには清子への熱烈な恋心、そしてそれをバネに勉強する少年百間の姿が、しつこいまでに明瞭に浮かび上がってくる。ところが、その結果一緒になった夫婦も十余年たち、別居することになる。というより、百間は家を出る。
 そして、この当たりの経緯を創作ながら、綴った「蜻蛉眠る」がある。この中では、清子にあたる人物が、ある意味で一方的に悪者にされているのだが、それをめぐって友人、遺族、評論家がさまざまな告白や憶測を、「百間文学」の重要な核心の一つであるかのように発言している。

 こうした百間の行動を、家庭問題や借金から逃れ、執筆活動に専心するためとか、また、清子が子供達の世話に忙しく、神経質で世話の焼ける百間の面倒を見れなくなり、他の人が必要になったからとか、いろいろ説明するのは簡単であろう。そして、そこから「ユーモアと飄逸が特色のように思われがちの百間随筆だが、天衣無縫の生活態度の底にひそむ悲哀と苦渋もまた百間文学の核を形成しているのであって、本書のこの「蜻蛉眠る」は、さしずめその「核」が、百間流ユーモアというオブラートのコーティングなしで露呈したものといえよう」(旺文社文庫版・有頂天/解説江國滋)と結論付けるのは、あまりに凡庸である。これでは、ユーモアの背後に百間自身の心理的苦悩が隠されているといった余りに明快な構図が見えてしまう。
 ユーモアに隠された百間の苦悩を、文章を読みながら探すことは、百間を矮小化することでしかない。百間は「文学」に決して回収されない。

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