天皇制と近代権力
多木浩二『天皇の肖像』(岩波現代文庫)は、「御真影」というきわめて特異な、そして強い政治性を持つ一枚の写真を通じて、日本における近代権力の確立を検証した良書である。
フーコーが明らかにしたように、権力は一点に存在するのではなく、不可視の形をとって偏在するものであり、それ故に「見えない」ことが、つまり、「視線」がそれを支えているといっても過言ではない。言い換えるならば、民衆には見えなくても、民衆は見られ(監視され)ている、そうした状態が近代権力の基礎なのである。しかし、天皇は西欧の絶対王政にも似た君主として「前近代」的に担ぎだされたに過ぎない。その矛盾をどう処理するか。そこに、明治以降の天皇制の鍵がある。
明治の最初に、天皇を政治の中心として確立するために、天皇は「見える」ものにならねばならなかった。しかし、一旦天皇が「見える」ものになったならば、それ以降天皇は「見えない」、不可視の権力中枢として君臨しなければならない。それは、倒幕による「近代化」が要請する当然の帰結だからだ。その矛盾を解消するものが「御真影」であり、その普及のプロセスによって日本はそれまでになかった新しい「空間」を形成し得たのである。
行幸という政治的行事、旅行を天皇は経験した。明治のはじめの頃のことだ。これは、それまでまったく生活と関係なく意識もされなかった天皇を民衆の前に連れ出し、権力として意識化させるための行事であった。その時点まで、少なくとも天皇は祭りの司祭として広い範囲で影響力を持ってはいたが、それ以上のものではなかった。しかしそれでは、天皇を頂点とする絶対王政にふさわしい在り方とは言えないし、明治政府の基本思想とも反してしまう。そこで、天皇を民衆から見えるものにする、それも仰々しく畏怖の念を抱かさせながら見せる。そのために行幸という西欧にはよくある政治的手法をとったのだ。
さらに、ここで重要なことは民衆が天皇を見るという点ではなく、天皇が民衆を見るという点である。いまでも、どこか旅行していると「明治天皇行幸記念」などという石碑をよく見かける。これは、天皇が来たので目出度いという、それだけの意味ではなく、ここは天皇が見たところである、その点がいまここでは重要な問題点となる。視界に入るもの、「視線」の及ぼもの、これらは、すべて支配そして権力の重要なファクターなのである。
その代表的な例が、ベンサムの提出した理想の監獄モデル、パノプティコンである。これは、中央に円形の監視塔をたて、そのまわりに独房を配置し、中央の監視塔から一望にしてすべての独房が監視できるというきわめて合理的な、監視システムである。このとき、監視塔に実際に監視官がいる必要はない。その可能性があるだけで十分監視システムとして機能するからだ。このシステムが、社会全体に広がった光景を想像してほしい。これこそ、権力者は見えないが、権力者の視線に常に曝されている、「理想」の権力装置ではないか。これが、不可視の権力だ。
またここでもうひとつ注意しなくてはならないのが、世界と人間の客体化の問題である。行幸の際、天皇が見るとなると、行き当たりばったりではなく、見られる側であらかじめ見られるものを選択しておかなければならない。世界は見られる前に整理され、ある価値体系にそって配置されはじめるのだ。言い換えるならば、世界は「見られる」ために対象として秩序づけられた。もはや世界は、見られる対象としてカタログになってしまったのだ。つまり、対象化し、それと同時に名付け分類し、所有する思考の大きな流れに日本は取り込まれていったのだ。これは、西欧において十八世紀に生まれ、ディドロの「百科全書」で頂点に達した大きな流れと対応する。現代に於いても、カタログは大きな社会的地位を占めているではないか。
「不可視の権力」と「客体化」、この二つによってそれまでは、小さな共同体の集合に過ぎなかった日本が、一点を頂点とする統一的な「空間」として、いわば「情報空間」として切り開かれていったのである。
次に出てきたのが「御真影」だ。視覚による政治技術は、国家を「情報空間」として捉える段階に達したのである。いくら、天皇が物理的に移動しても得られないほどの規模で空間を支配する情報操作として「御真影」は大きな力を発揮していく。
まず最初に重要な点は、「御真影」下付のシステムそのものである。このシステムはすべて下から願い出る形の手続きからなっていて、民意に基づく形が取られた。しかしここで着目すべき点は、そのプロセスを通じて、社会階層が可視化したことである。「御真影」下付の希望は下から上へ階層を遡って申請され、「御真影」を下付する「君恩」はそこを下ってくる。勿論、こうした社会階層は、あらかじめ存在したものではあるが、それを改めて意識に昇らせることによって、階層化社会を眼に見えるものにしているわけである
そして、「御真影」を中心に、「御真影」を天皇と同等の扱いをさせることによって、天皇/臣下という関係を小さいスケールで再生産仕組みが出来上がった。それが、「上官の言うことには必ず従う」といった意識を形成させ、生活秩序そのものが、天皇制化されていった。こうして、統一的「空間」と「社会階層」を見えるものにし、日本という近代国家は、出来上がったのである。
しかし、その「空間」から明らかに排除された人たちがいる。行幸に際しても排除され(天皇が見ないように隠され)、「御真影」下付のプロセスからも徹底的に排除された最下層の人たちだ。ところが、この排除の構造自体が、この社会的宇宙の本質的な仕組みなのだとすると、権力は民衆という支配の対象がなければ機能しないし、民衆は権力の束縛を支えにしているという閉塞的な仕組みを否定できなくなってしまう。この問題は、もちろん、現在も継続している。

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