文藝賞2作を読む。当たり前のこと。
タイトルとペンネームのインパクトで、第41回文藝賞受章作が掲載されている雑誌「文藝」(2004年冬季号、河出書房新社)を買った。しばらく放っておいたが、やっと先日、受章作品のの山崎ナオコーラ「人のセックスを笑うな」と白岩玄「野ブタ。をプロデュース」を読んでみた。

ちなみに山崎ナオコーラは、1978年北九州市生まれの会社員。「人のセックスを笑うな」は102枚の作品。白岩玄は、1983年京都市生まれの専門学校生。「野ブタ。をプロデュース」は238枚。
小説に限らないけれど、読書する楽しみは、それまで自分では気が付かなかった視点や感情、発想に触れることだと思う。ワクワクする快感である。つまり、「経済学」の数式だらけの教科書でも、難解なハイデガーの『存在と時間』であろうとも同じだ。中には、共感するとか感情移入できることもあるけれど、そういったモノの見方があることを知ることだけで十二分に楽しい。
もちろん、『存在と時間』に共感する人というのは、個人的には会って話してみたい気はするけれど、少々恐いかもしれない。
で、作品として興味深く読んだのは、「笑うな」の方である。何気に挿入された表現もいいと思う。
一方、「野ブタ」は仮面をかぶって「人気者」を演出する高校生という設定とストーリー、主人公の独白(?)が面白く、勢い余ってプロデューサーを引き受ける「野ブタ」の姿も想像するに楽しい。高校生の生活の一側面を捉えているとは思う。何はともあれ、笑える作品で、選者の一人である斎藤美奈子の
「セカチュウ」で泣いている場合ではない。「野ブタ。」を読んで笑いなさい。それだけでも日本はだいぶよくなります。
は、確かにその通りである。
ただ、どこかに「本当の自分」があることを前提にしているような匂いが気になった。「本当の自分」。そんなものは無いし、それに、自分を演出して生活するなど当たり前ではないか、という素朴も疑問も湧く。
この物語を、現代の高校生の風俗と思うか、あまりにも当たり前のことが、長々と書いてあるだけと思うかで受け止め方はずいぶんと違うであろう。
ちなみに、自作を読んでみたいと思うのは、山崎の方である。
