2004年12月24日

初めてパソコンを触った時のことを思い出した

 父親が新し物好きだったので、自宅にNECのPC-8001があった。緑色のモニターに、カセットテープからデータを読み込んだ。ピーガー、と、うるさいものの頻繁にエラーが出てプログラムを読み込めなかった。そして、「ASCII」に掲載されているBASICによるプログラムを入力して遊んでいた。
 「表参道アドベンチャー」というテキスト・ベースのゲームでは、unlock security boxなど英単語によるコマンドを入れて楽しんでいた。1981年ごろのことで、中学生だっだ。
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 そんなことを思い出したのは、柴田文彦編著『Apple II 1976-1986』(2004、毎日コミュニケーションズ)を読んだからだ。1977年に誕生した世界初の本当のパーソナルコンピューターの歴史とシステム、ウォズニアックのインタビューなどで構成された、カラーの図版も充実した本である。松田純一Macテクノロジー研究所の「2004年度 Macテクノロジー研究所賞 決定」でも、10位にノミネートされている。

 個人的には、Apple IIを購入したこともいじったこともない。でも、機種は全然違うけれど、今から思えば信じられないくらい不自由なパソコンに、なんだかワクワクした記憶は鮮明に残っている。
 しばらくすると5インチのフロッピー・ドライブを付けたようだが、そのころはもう熱も冷め、記憶も定かではない。ゲームとしてはいいけれど、「道具」としては使えないなあ、と実感し、自分で初めてパソコンを買ったことは、1994年のMacintoshまでない。
 パソコンを当時、見限った理由の一つは、梅棹忠夫『知的生産の技術』(1969、岩波新書)の影響が大きい。これも父親の本棚に入ってた。そこで紹介されていたB6版の京大型カードのシステムの方が、よっぽど便利そうだった。
 でも、下手に道具として使えなかったからこそ、たのしい機械だったのだと思う。会社で経理処理や書類を作っている(作らされている)機械が、「パーソナル・コンピューター」だとは到底思えないからだ。そして、さらに付け加えると、その時以来、便利に活用しているけれど、パソコンを完全には信用しない、という気分は無くなっていない。それは「リテラシー」としては重要な心構えだと思うけれど。

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