2005年1月 8日

そういうことだったのか、バークリー音楽院

 菊地成孔と大谷能生による『憂鬱と官能を教えた学校 【バークリー・メソッド】によって俯瞰される20世紀商業音楽史』(河出書房新社、2004 )を読んだ。
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 私は音楽理論を全く知らず、小さい頃無理やり習わされていたピアノの楽譜しかイメージできない。するとポピュラー音楽の楽譜に書いてあるA#とらG7といった記号で、左手(ピアノの場合)を演奏できてしまう仕組みとは何だろうか、とずっと疑問に思っていた。

 疑問はほとんど解決した。西洋音楽のほんの一部を代表するだけの、それは、バークリー音楽院で生まれた、歴史的な「システム」だった。音楽が「解決」するとか、「強進行」するなるの用語には、驚きかつ頷いてしまった。しかし、ここで簡単に紹介できるほど、完全には理解できなかったけれど。特に、実技の説明はかなりはしょってしまった。
 その上で、著者たちは現代のリスナーや演奏者は、バークリー・メソッドが前提とする心地よい音の流れとは、ちがった方向に耳も感性も育っているとする。つまり「バークリー・メソッド」を20世紀中ごろに作られた虚構であって、新しい音楽が生まれるであろう、模索しようともくろんでいるようだ。
 菊地成孔は、1963年生まれの音楽家、文筆家、音楽講師で、山下洋輔グループなどで活躍し、自らもいくつものグループを主宰している。大谷能生は1972年生まれの批評家、音楽家。折角なので、菊地成孔のCDは、先日試聴機で聴いてみたけれど、残念ながら買う気にはならなかった。私の耳は完全にバークリー・メソッドに毒されているのであろう。
 ところで、バークリー・メソッドに対抗する方法(システム)として、「リディアン・クロマチック・コンセプト」というのがあり、その提唱者が、George Russellだそうだ。山中千尋のピアノを絶唱したとされ、バークリー音楽院の目の前で教室を開いているという。

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