山中千尋の新作『Outside By The Swing』とクール
ピアノスト、山中千尋の4枚目のアルバム『Outside By The Swing』(Verve)が7日発売になった。6日のイベントで購入して早速聴いている。

新しいレーベル、それも「メジャー」とされるVerveからの新作で、これまでとは違ったターゲット(ユニバーサルのCEO曰く、チャートにはいれる、そうである)に訴求しなくてはいけない。ところが、そんな時に山中の違った表情がみえてきたと思う。
それは全体に感じられる彼女の「クール」さである。言い換えれば、音楽と演奏と歴史にすごく距離をとっている。「ジャズ」を演奏する=その世界の中にいる、といった、そのこと自体に熱中して、狂おしいほどの熱をあげることはない。もちろん、この新作の演奏の話である。本人は、ライブ会場で見せる「素っ頓狂」なアーチストで、全身から力と汗を振り絞って演奏してくれるエンターテナーだ。演奏された音楽そのものとは区別しよう。
ただ、以前、東京・渋谷のJZBratで演奏する自分の姿を上映するスクリーンを見上げた時の、彼女の表情は忘れられない。演奏する自分の姿を表して「母親かと思った」とMCで話したけれど、実はいつも自分を見つめている自分の冷静な視線が、なぜか目の前の画面に表示されていたことへの驚きと違和感を感じていたのではないか。初めて自分の声を録音したラジカセの音を聞いた時の、嫌な気分と同じである。
一歩間違えると、トランプの手札を相手に見せながらも、勝ってしまうような高みに立った教えることの嫌らしさに通じてしまいそうだ。そう、前作『Madrigal』(澤野商会、2004)を聴いた時に、「この先、彼女はどうなってしまうのだろう」と感じた期待と不安は、この作品で払拭された。「ここにきたか」と。だけれども、すぐに「このまま行ってしまったら、それはそれで困るなあ」と思う。
急いで付け加えるならば、だからといって、本作がつまらないわけでは決してない。十二分に楽しませてくれる演奏ばかりだ。そして、それは正確な履歴書のように彼女のすべてを反映している。だからこそ、楽しいのである。よって、違った側面が見える。これからしばらくライブで披露される演奏と、新しいオリジナルに「次の」香りを探したいと思う。そして、それらは次の作品にきちんと結実させてくれるだろう。
メンバーは、Robert Hurst(b)、Jeff "Tain" Watts(ds)で、収録されているのは以下の通り。
1、Outside By The Swing
2、I Will Wait
3、Impulsive
4、He's Got The Whole World In His Hands
5、Teared Diary
6、Yagibushi -Rivised Version-
7、Cleopatra's Dream
8、Matsuribayashi / Happy-Go-Lucky-Local
9、2:30 Rag
10、Living Without Friday
11、Angel Eyes
12、All The Things You Are
13、Candy
エンハンスト仕様なので、この他にボーナス・ビデオとして2の収録風景を楽しむことができる。
冒頭1曲目はオリジナルで、トリスターノを彷彿とさせる緊張感ある演奏。短めで期待感を高める効果は絶大。で、続く2はリスナーへのサービス曲、前作の「Antonio's Joke」のような聞き慣れたフレーズがちりばめられ、以前からのファンには嬉しいし、これから聴いてくれる人も喜ぶような明るい曲。メロディーを口ずさみたくなるものいい。
3は、ライブで何回も聴いた曲。テーマの後、ベースの音に重なってくるピアノ。ぞくぞくしそうである。4はゴスペルだけれど、えらくポップに聞こえる。ベースの弾んだような音に笑ってしまうのは不謹慎であろう。今ひとるピンと来ないので感想のないのが5のバラード。うーん。
山中のテーマソングの6は。ベースでスタート。暗いというか重い。で、一気にピアノの音が広がって「八木節」だ。踊りだ! 酔って足下が覚束ないないくらいが楽しいダンス。すぐさま7の速足で駆け抜けるクレオパトラである。音の余韻が、Bud Powellとは違った魅力を伝える。終わり方もいい。クレオパトラが石壁の向こうに消えて一気に照明がおちた舞台のようだ。
8は中島みゆきの作品とエリントンを合体させた逸品になった。お得意の選曲で、個人的には中島みゆきはいかがと思うけれど、山中の演奏を聴いている限りでは気持ちいいサウンドである。リズムにあふれ、スイングする。いろんな調味料が盛りだくさんの1曲。最後の消え入るようなベースもいい。9はDVD『Leaning Forward』(澤野商会、2003)に収録されている大好きな曲。イントロが全然違う。期待感を高める巧みな演出から、一気に始まって、両腕が動き出す。恐いくらいだ。
10は、デビュー作『Living Without Friday』(澤野商会)に収録されたオリジナルの再録。テンポがゆっくりに感じるのは、ライブの速い「爆発」演奏を聞き慣れてしまったからであろう。ベース・ソロがききもの。ドラム・ソロもいい。確かに良いスピーカで聴くと爆発しそうである。受け取った山中がメロディーに持ち込む。さて、11は大人の音楽だ。原曲を聴いたことが無いのだけれど、最後の部分を聴く限り、大人である。商業的成功を目指した最初の10曲が終わって、最後に実験的=個人的に楽しんでいるようだ。どこそこと、紡ぎ出されるフレーズが気になるのだけれど、どうしたものか。12はドラム・ソロのための選曲。12からそのまま13に入って、ピアニカである。こてこてのスタンダードだが、アルバムの最後にピアニカで締めるあたりは、ライブのエンディングや、エンド・ロールのような終末(週末)感を狙っていたとしか思えない。前作『Madrigal』の「Lesson51」とは違うピアニカで、様々なフレーズを楽しませてくる。
オリコンの初日チャート(6日、発売前日ではないか!)で20位だそうである。すごい。

コメントする