2006年11月25日

村上春樹訳の『グレート・ギャツビー』を読んだ

 60歳になったら翻訳すると公言していた『グレート・ギャツビー』を、まだ57歳の村上春樹が翻訳した。820円の普及版だけでなく、2600円の愛蔵版もある。中央公論新社も力が入っている。
 1920年代の東海岸、ニューヨークを舞台に語り手とギャツビー、女性、夫婦2組らが繰り広げる悲しいが、いかんともしがたい物語。

 1896年生まれのフランシス・スコット・フィッツジェラルド30歳の時の作品。

 あとがきで村上が記すように「ただある程度英語ができれば分かる、というランクのものではない」。つまり村上が60歳になれば翻訳できるだろうと数十年前に考えたように、難しい翻訳なのだそうだ。かつ、「小説家であることのメリットを可能な限り活用」した翻訳だという。
 確かに、舞台や会話、人物の存在感は現代風で、バーの隣に座っていても不思議ではない印象に仕上がっている。翻訳のバージョン・アップだそうだ。

 ソファで横になって、一気に読んでしまう。以前、英語で読もうと挑戦し、挫折したことが嘘のよう。ただ、ストーリーと人間関係はともかく、何だか村上春樹の小説を読んでいるようだ。もちろん良い意味だけれど。

 ふと三島由紀夫の小説ことも頭に浮かぶ。ギャツビーの人生が大きく変転する前、彼が「引き締まっていった赤銅色の身体」で、働いていた記述があったからだろうか。届かない、明確にできない、運、運命が、人を苦しめるからか、『豊饒の海』のように。

 来春にはチャンドラーの『ロング・グッドバイ』も出るという。楽しみである。原書にも挑戦しておこうかしら。

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