村上春樹の新訳、チャンドラーの『ロング・グッドバイ』
かつてヤクザ映画を見た後、ついつい肩で風を切って歩いてしまうと言われた。この小説の後では、ついつい「ハード・ボイルド」な自分になるのであろうか。
何より面白く、一気に読んだ。村上春樹さんによるレイモンド・チャンドラー『The Long Goodbye』の新訳『ロング・グッドバイ』(早川書房)だ。
500ページを超す翻訳部分と村上さんによる「あとがき」90枚、44ページの大作。売れると見込んでいるのだろう本体価格は1905円と比較的安い。
チャンドラーは、1888年シカゴ生まれで、イギリス育ち。後にアメリカに戻り作家となり、59年死亡。本作の主人公、私立探偵マーロウのシリーズで有名だ。
ミステリーというジャンルの小説はほとんど読まない。チャンドラーも、村上さんが翻訳しないと手には取らなかっただろう。マーロウさんに会ってみたいけれど、優先順位は高くない、といったところ。
村上さんの小説を初めて読んだのは、高校生の時だった。以来20年以上新刊が出るたびに買ってきた。大好きというわけではないが、気になる作家で読まずにはいられなかった。一昔前の大江健三郎さんや吉本隆明さんもそんな作家だったのだろう。
2003年の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(白水社)から、昨年の『グレート・ギャツビー』(中央公論新社)、今回の『ロング・グッドバイ』と「翻訳三部作(?)」を眺めてみると、村上さんの小説に「種明かし」を読んでいるようで、不思議な気分になる。
例えば、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』で細かい口調とフレーズに村上テイストを感じる。「やれやれ、まったくどじだよな」である。原文は、と思って書棚を探したのだけれど、ペーパーバック版が見つからないのでパス。
あるいは、「かわいらしいときたね、いやはや」。原文がないと村上文体を押し付けただけかもしれないけれど。
『グレート・ギャツビー』では、その場面に村上テイストがあふれる。
「彼は両手を上着のポケットにつっこみ、真剣な目つきで屋敷の監視に戻った。僕がそばにいると、その寝ずの番の神聖さが損なわれてしまうとでも言いたげに。だから僕は月光の下に立つ彼をあとに残し、黙して立ち去った。それが無益な見張りであることを知りながら」。
ちなみに原文は(こっちは見つかった)以下の通り。
「 He put his hands in his coat pockets and turned back eagaerly to his scruitiny of the house, as though ma presence marred the sacredness of the vigil. So I walked away and left him satanding there in the moonlight - watching over nothing」。
両手を上着のポケットに入れた人物や、どこか寂しい月の光の下といった場面をどれだけ村上さんの小説で読んできたことか。逆に1920年代のアメリカ東海岸が(もちろんかなり特殊な設定のギャツビーだが)そのまま1970年代の日本に挿入されると、どんな小説になるかの一例が彼の小説なのだろう。
その時代から第二次世界大戦を挟んで、1950年代までが、アメリカの黄金時代だった。マッカーシズム(1950年代前半)からベトナム戦争(1960-75年)、ニクソン・ショック(1971年)とアメリカは政治と経済の「オンリー・ワン」ではなくなっていく。冷戦終結後、期せずして(期して?)唯一のスーパー・パワーになったものの、今も50年前の「栄光」は戻ってきていない(ように見える)。
その栄華の最後の時代、1953年に発表された『ロング・グッドバイ』。そこでは個々のパーツ、展開、リズム感に村上テイストを感じる。
主人公(マーロウ)が突然繰り出す推理、はったり、機敏な切り返し。読者は付いていくのに時折疲れるし、憑かれる。
でもそれは『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(新潮文庫)や『海辺のカフカ』(新潮文庫)で味わった感触である。
「空気はもったりと重く、夜の物音はくぐもって遠くに聞こえた。もやのかかった月が、空の高いところに我関せずという顔で浮かんでいた。部屋の中をあてもなく歩き回り、レコードを何枚かかけたが、ほとんど聴いてもいなかった」。唯一、レコードの登場する場面だ。
原文は「It was one of those nights when the air is heavy and the night noises seem muffled and far away. There was a high misty indifferent moon. I walked the floor, played a few records, and hardly heard them」である。
高松の図書館の夜であろうか。襞を広げ回していくような展開が本作の魅力だと思う。
ところで、アル中で、下らないベストセラー小説を書くロジャー・ウェイドがいい。妻は「夢かと見紛う美しい(a dream walked in)」のである。
崩壊していくアル中。自制しないといけない。
本のカバーデザインはチッド・キャップ。1964年生まれのデザイナーで、有名らしい。1940年代のペーパーバックの表紙を現代風にアレンジしたとのことだけれど、いかがだろうか。赤と黄色で目をひくけれど、安っぽい少年探偵団モノにしか見えない。既存の文庫本の表紙は逆に素っ気なさすぎて、あれですが。
さて、次は村上さんの長編小説に期待したいものである。前作『アフターダーク』(講談社)は04年なのだ。

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