2007年7月28日

音楽を聴く、当てずっぽだ

 『相倉久人の70年代ロック&ポップス教養講座』(音楽出版社)を読んだ。
 当時も今もほとんど「ロック」を聴かないので、個々の楽曲、アーチストについてはまったく分からない。ただ「音楽」が単に「音楽」としてではなく、「商品」、「市場」、「ヒット」といった家電製品や自動車と同じ平面にある「もの」になった最初の時代を切り取った風景が立ち上がってくる。そこが面白い。

 昨年、ジャズ論を集めた『相倉久人の超ジャズ論集成--ジャズは死んだか?!』(音楽出版社)に続く第2弾。本来は、1970年を境にジャズを聴かなくなり、「ホンマモノのロック」に出会い、その70年代ロックを巡るエッセイ集だ。

 冒頭で、ポピュラー音楽を、交換価値と使用価値を使って説明する。マルクス経済学でお馴染みの概念で、価値の二面性を表している。
 荒っぽく言ってしまえば、交換価値は何円という金額で、使用価値は使うことによる価値。便利さとか、計測しにくいその人にとっての価値。値段が高いからといって、ブツとして便利かどうかはその人次第、といったところ。
 何万円もするエルメスのスカーフを喜んで買う人もいれば、スーパー・マーケットで買った数千円のスカーフで十分という人もいる。交換価値の差が、使用価値の差とは限らない。

 そうした「商品」に不思議が、音楽に重ね合わされると、こうなる。

「きわめて高い民族性を背負って地球のどこかに発生した音楽が、レコードその他の情報を通じて世界中に広まっていくのは、この交換価値が増大する--つまり商品性によって支えられている--ということであって、使用価値そのものが拡大していくということではない。両者が分断されてしまった結果、使用価値のほうはあくまで聴き手の個人的な受容(ないしは評価)という手つづきのなかに閉じ込められてしまっているからである。それはいいかえれば、聴き手がどんな音楽をどんな身勝手な聴き方で評価しても、送り手の側では、そのことについて口をさしはさむは余地はないということだ」。

 宮廷やサロンで、送り手と聴き手が同じ平面を共有していた音楽は、パッケージ化され、商品になった。そして、聴き手(消費者)がどう聴こうが、生産者(企業)は関係ない。お金(交換価値)が貰えればいいからだ。

 もちろん、いわゆるクラシック音楽も商品だ。

「ポピュラー音楽は、レコード、あるいはラジオその他の電波メディアと通じて、大量複製ないし拡大再生産される商品であり、その成立の背後には、19世紀後半にはじまる電気メディアの発達がある。したがって、ポピュラー音楽とは、単純な意味で、いわゆるクラシック音楽(芸術音楽)に対する通俗音楽や、教会音楽に対する世俗音楽のことをさしているのではない。創作の動機がどうあれ、メディアの介入によって商品として複製再生産され、その商品価値が売れ行き(ポピュラリティ)によって決定づけられる音楽の総称なのである」。

 キース・ニーガス『ポピュラー音楽理論入門』(安田昌弘訳、水声社)でも、「クラシック」とされていても、ジャズやヒット曲と同じように商品化され、パッケージ化された音楽に過ぎない、というドイツの哲学者、アドルノの指摘を紹介し、「クラシック音楽にしても、ポピュラー音楽の「独断的なカテゴリー」にひとつにすぎないのである」と位置づける。

 つまり、商品になった「音楽」を楽しまないといけないような「雰囲気」、「空気」を生産者(企業)は、醸し出せればいいのである。「資本主義企業によって「余暇が植民地化」されている」。そう、余暇を無為に過ごすことは許されず、音楽を聴いたり、映画を見たり、テレビを見ないといけないのだ。やれやれ。

 文化産業は大きくなり過ぎたのだろう。1点数千円の商品を、どれだけ売れば年収数百万円の給料を従業員に支払えるのか。単純な計算だ。そして、そのことが「音楽」を翻弄させていく。映画も小説も同じだ。金額(交換価値)の多寡と音楽の良さ(使用価値)は、一致しないこともある。

 そうして、ニーガスは、相倉氏が聴きはじめたロックの終焉を1980年代に設定する。

「若者消費者に向けて産業が再編成されたときにロックがはじまったと考えられているなら、音楽産業の重役たちが、大人の消費パターンに合わせてビジネスを再組織する必要を感じはじめたころに、それは終わった。シングル盤の登場によって、ロックがはじまったのなら、その息の根を止めたのは、1970年代末より導入され、1980年代に一世を風靡し、産業が大人の顧客をみつけ、より広範な音楽関連商品を散布するのに一役買った配給技術、つまり、コンパクトディスクや音楽ビデオ、ケーブルあるいは衛星を介した多チャンネルテレビ放送、ウォークマンである」。

 こうも次から次へと、始ったり、終わったりするのも、「余暇の植民地化」に必要な道具である。いつまでも同じでは困るのだ。

 もちろん、1990年代には、パソコンやインターネットが普及し、音楽は、デジタルが「デジタル・データ」であることが鮮明になった。行き着いた先がアップルのiPodであり、ネット販売のiTunes Storeだ。で、さらにその先でも、きっと何かが、終わって、始る。

 さて、ニーガスは、音楽にアプローチするときに直面する「限りない二分法」を指摘する。そう、形式主義 vs 解釈学、客観性 vs 主観性、絶対性 vs 流動性、技術による神話化 vs 注釈的な当てずぽう、などなどのこと。

「学術的な音楽学は、形式主義に傾倒します。ポピュラージャーナリズムは、主観的な感想や解釈や印象に傾倒します」というわけだ。

 折角企業によって植民地化された音楽パッケージを聴いているのだし、個人的には後者の「主観的な当てずっぽう」に加担したい今日この頃である。

 で、夏といえば、「フェス」ということで、読売新聞の記者、西田浩さんの『ロック・フェスティバル』(新潮新書)も読んだ。ジャズ・フェスの時代が終わって(?)、この10年盛り上がりつつある「ロック・フェス」のリポート。紹介されるいずれのアーチスト、楽曲にも興味はないけれど、1997年に始った「フジ・ロック・フェスティバル」を軸に変遷が辿られる。
 もしかしたら、まだ少し「余暇の植民地」度の低い音楽があるように思えてくる。

 しかし、暑い。ビールにジャズだ。

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