日仏学院で「ジル・ドゥルーズとともに」ドゥルーズの世紀を迎えよう
すごいと思う。フランスの哲学者、ジル・ドゥルーズ(1925-1995)のイベント「ジル・ドゥルーズとともに」が東京・日仏学院で開かれている。哲学者をめぐって展覧会、上映会、ライブ、シンポジウムが一気に開催された。

驚きである。確かに、1980年代、「フーコー・ドゥルーズ・デリダ」と並び称さた一人である。博士論文『差異と反復』(河出文庫)も文庫化された。しかし、「ドゥルーズ・ウィーク」で人が集まること自体びっくりである。そんな哲学者がいるだろうか。「吉本隆明ウィーク」とか「廣松渉ウィーク」とか。
嬉しいことに「ポップ哲学」は、きちんと東洋の島国でも根付いているのだ。
爪が異様に伸びて、帽子をかぶる、鏡の脇に立つ写真が印象的なD。、肉声を大学の講義以外で披露することを極端に避けてきた哲学者。ベルクソン、ニーチェ、スピノザらの哲学史研究から、フェリックス・ガタリとの圧倒的共名著『アンチ・オイディプス』(河出文庫)、『千のプラトー』(河出書房新社)まで、どれもむさぼるように読んできた。
「ドゥルーズ産業」とでも言うのだろうか、英語圏を中心にドゥルーズ研究書の数はすごい。試しにamazon.comで「Deleuze」と検索してみて欲しい。本人の本の他に、無数のテーマで本が出ている。読めもしないのに、しばらく付き合って買っていたけれど、本棚から溢れてきたので、最近は自粛している。
さて、台風の土曜の午後、上映会に間に合うよう学院に向かう。ビショビショである。1000円でチケットを買う。
通路には「ジル・ドゥルーズ ポスター展」の作品が並ぶ。出来事、感覚する、生成変化する、線、逃走の線、欲望、器官なき身体、言表する、抵抗する、創造する、の13のタイトルで著作からの引用とイメージが並ぶ。項目を読んでいるだけで嬉しい。Dである。
大学の教員を辞めた64歳の時に、「死後公開」を条件に収録されたAからZのアルファベットにちなんだテーマについて、Dが話すドキュメント「ジル・ドゥルーズによるアベセデール」が連続公開されていて、今日はM、N、O、Pの日だ。
同時通訳のレシーバーを手に入ると客席は結構埋まっている。土曜とはいえ、ドゥルージアン(?)がこうも沢山いるとは嬉しい。
Mは、病気。「病弱」のイメージのあるDだが、もともとどこか悪いと思っていたが、「癌だと思っていたけれど、血を吐いて結核と分かった。直る病気だったが、それより前だったら治療法もなかった」という切実な話しから、チーズは嫌いで、脳、骨髄、舌が好きだという話しに脱線。狂牛病などDの前は無意味なのである。
カントは難しいけれど、スピノザは「農民」でも読めるそうだ。厚いメガネで印象的な声で話す。背後には鏡と帽子。鏡は何かを暗示していそうだし、帽子は彼のトレードマークだった。
Nの神経医学からPの教授に飛ぶ。講演会は形式的で嫌いだが、自然に毎週ある大学の講義は大切にしていて、その準備が大変だったこと。大学で経理などの専門学校のようなことを教えるのは大学の自滅行為であること、学派を作るのは経済的管理、破門するなど学問とは全く違うやることが増えることなどなど、リセから大学とずっと教員だった彼の発言が続く。
Oはオペラだけれど、音楽の話になる。そもそも今日の後半のシンポジウムのテーマは「ドゥルーズとシャンソン」である。新春シャンソンショー。
Dはシャンソン歌手、エディット・ピアフが好きで、ガタリと作り上げた概念「リトルネロ」に話しが移る。マーラーの「大地の歌」が例に出る。聞き直してみよう。
続く、シンポジウムでは東大駒場の先生らが、「民衆音楽」、「大衆音楽」、「ポピュラー音楽」、「潜在的ファシズム」としての音楽の話しをしたはず。途中で出てしまったのでここまで。
年末にはやっと最後に残った『シネマ1』が出るはず。いよいよ本当に今世紀は「ドゥルーズの世紀」(フーコー)になるのだ。

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