3回目を迎えた横浜トリエンナーレと言葉
「毎度おなじみ、流浪の番組」は、テレビ朝日の「タモリ倶楽部」だが、毎回会場の変わる「流浪のトリエンナーレ」は横浜だ。
11月30日までの開催で、やっと見に行くことができた。

ただ、メイン会場が分散していて、求心力に欠けた感じ。でも、ちゃんと楽しめて、考えさせる作品もあり、「現代美術の祭典」は健在だ。
2001年に開かれた第1回は「Big Wave」がテーマで、巨大なパシフィコ横浜と、保存工事完成直前の赤レンガ倉庫がメイン会場だった。ホテルに巨大なバッタを吊るしたり、人にも説明しやすく、初めてだったこともあって、わくわくした。単純だけれど、巨大な作品はそれだけで「崇高感」を醸し出すのだ。
トリエンナーレなので3年おきのはずが、総合ディレクターの交代で2005年に開催された第2回のテーマは「Art Circus」。会場を山下埠頭の突端の倉庫に移しての開催だった。脱力感のある会場で、大規模な学園祭のようで、それはそれで楽しかった。
そして3年。今度は新港ピアと赤レンガ倉庫、日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK)がメイン会場で、庭園の三渓園などにも作品が並ぶ。テーマは「Time Crevasse」。
3会場が中途半端な大きさで、焦点がぼけた感じだ。新港ピアがもう少し大きいといいと思う。
展示作品で一番気に入ったのが、赤レンガ倉庫の2階通路に展示されたミリンダ・ジュライ(Mirinda July)の「廊下」(The Half Way)だ。
ミリンダ・ジュライは1974年生まれで、ロサンゼルス在住。ポール・オースターと映画「赤い部屋の恋人」(2001、ウェイン・ワン監督)の原案を手がけたり、カンヌ国際映画祭で新人監督賞を受賞した映画「君とボクの虹色の世界」で監督・脚本・主演したりと、インスタレーション、パフォーマンス、映像などなど幅広く活躍する女性アーチスト。
細長い通路の左右から板に書き込まれた「メッセージ」が展示されていて、その中をすり抜けていく。狭い。メッセージの元は英語だが、日本語の翻訳も秀逸。現代美術のほとんどは、アイディアの勝負、やったもん勝ちである。
「ことば」を物理的に登場させる細長い通路は、その脱力系の中身とあわせて、アートとワードの繋がりを感じさせる。読み進むリズムも心地いいのだ。



同じように言葉を書いたフリップを次々に登場させるのは、「Keynote」(Apple)のようなプレゼンテーション・ソフトでも、作れるだろうが、それではダメなのだ。歩く狭い通路が、物理的な体感が重要だ。
トリエンナーレのテーマと集められた作家と作品の関連など、あって無いようなもので、気にすることはないけれど、時の裂け目を感じることは無かった。ただ、本作のように「言葉」を感じさせ、考えさせる作品が気になった。
新港ピアに展示されたシャロン・ヘイズ(Sharon Hayes)の「なにをやってもうまくいかない! それなら愛しかないじゃない」(Everything Else Has Failed! Don't You Think It's Time For Love)もその一つ。1970年のボルチモア生まれで、ニューヨーク在住。
文章と音とシートで、考え込んでしまう。
同じく新港ピアでは、ペドロ・レイエス(Pedro Reyes)の映像作品「Baby Marx」は、素直に楽しい。
カール・マルクスやエンゲルス、スターリンなど社会主義者たちの人形劇で、映像だけでなく、使われた人形も展示されている。コミカルな作品だが、プレカリアートな昨今にぴったりだ。それぞれの人物に思い入れや関心、共感がなくても楽しめる。ペドロ・レイエスは1972年生まれで、メキシコシティ在住。マルクス主義が輝いていた時代はとうに過ぎていたろう。


新港ピアのカフェは、港と風車など横浜らしい風景画見えて気持ちよい。ベルギービールのBrusselsのお店で、ベルギービールと軽食を楽しめる。もちろん、飲んだ。ぐびぐび。

さて、2011年に予定(?)されている第4回展が、どこの会場になるか分からないけれど、人に説明しやすく、分かりやすい会場と中身になって欲しいものだ。

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