空間そして平面それも楽観的に(5)ポストモダン
さて、現在使われている「ポストモダン」とは、どういった文脈のなかで現われてきたものであろうか。ここでは特に、日本を中心として綴ってみたい。
第二次大戦敗戦後、いかなる制度上の形であれ、天皇制を残存させながら、日本はいわゆる「復興」を急速に成し遂げた。1950年代後半からの「高度経済成長」期は、いわばモダニズムの流れのなかに完全にはまっていた時代であるといえよう。
それは、上昇指向を伴い、テクノロジーと生産に重点を置き、機能的に優れたものは古いものに取って替わる競争社会であった。大量生産がものをいい、溢れるばかりの商品と流行と呼ばれる幻想とも言えるステイタスを追い求めて、人々は働き、生産した。
しかし、そうした流れはある時、急に止まってしまう。1970年代のことである。
資本主義はもともと、ある個人が、追い付くべき他のある個人をモデルとして、それに近付こうと努力し、モデルに追い付いたなら、次のモデル、そしてまた次のモデルへと、一種流動的な流れを持ったダイナミックなシステムであり、常に差異を作り出し、それをエネルギー源とする驚異のシステムである。ところが、テクノロジーの生み出す機能的差異が、人間の欲望に追い付かなくなるときが来る。
それは同時に石油ショックという外からの動因にも支えられるわけだが、生産に替わって消費が全面にでてくる時代、生産が消費を引っ張るのではなく、消費が生産を駆動させる時代。機能の差異ではなく、記号の差異へ、無数の錯乱する記号(=商品)が全てを覆い、その中で欲望は処理されていく。
この社会は、様々な別名で呼ばれる。高度情報化社会、消費社会、ポスト産業社会。微細な記号の戯れに満ちたこの社会は、価値観が多様化し、何か一つのことに集中したりはせず、しらけそして冷めた社会でもあり、絶対的なものは何もない、新しいものもない、そうした感性に支配された時代であった。
いちばん分かりやすい例が、広告の世界ではなかろうか。本来広告は企業の商品を広く伝えるための手段であり、商品名、機能、価格、企業名が入っていればそれでいいはずである。1970年代まではそれで良かった。しかし、機能にほとんど差異が無くなり、どれも同じ、いわばどんぐりの背比べになったとき、広告はそれ自身の中で差異化されなくてはならない。そこで取られた方法は、ほとんど商品名さえも言わない広告であり、広告それ自体が勝手に増殖する「記号ゲーム」としての広告である。数年前に流行った糸井重里による「おいしい生活」というコピーを思い起してほしい。西武百貨店とは何の繋がりもない、と言うより西武百貨店の持つイメージという何とも表しようのない虚構=記号だけが通俗的な形で流通したのである。
ところが、今こうした広告はほとんど目にすることはない。きわめて親切に機能を説明してくれる広告の多いこと。これは象徴的に、記号ゲームの終焉、差異が氾濫し過ぎることで、逆にのっぺりとした無差異の平面が現われ、そしてそこから出ようとすること、それも過去へと回帰(新機能主義とでも言えようか)することで解決しようとする何か反動的な時代の予兆とみることは早計すぎるであろうか。

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