2009年2月19日

空間そして平面それも楽観的に(8)テクノロジーの平面

 しかし、そうした最新テクノロジーでは、現在、生活様式、環境、社会関係を改善できないで(できなくされて)いる。個人の主観性は、世論の走査と操作によって処理され消滅し、すべての人は、他者に対して同一の系列化された様式で行動しており、ロボットと同じ位置まで低められてしまっている。ではそこで、そうしたテクノロジー全面否定が効果的かというとそうではない。それは、自然回帰、懐古趣味とあいまって、現在そうしたテクノロジーを操作する側の思うツボに過ぎない。

 つまり、ここで重要なのは、そうした新世代のテクノロジー機械にフィトする主観性、社会性の回復である。それは、いわゆるポストモダンのあらゆる社会の進歩を否定しながら、既成の新自由主義に身を委ねるのとは違う方向、言い換えるなら、「合意にむかう主観性」を作るのではなく、主観性を改めて特異化するための方法である。情報通信などの最新テクノロジーを集列的・マスメディア的・包括的に使用するのではなく、主観性の自律化、創造的次元の拡大に使うこと。その利用法を模索すること。

 その実例として、フランスの「自由ラジオ」が挙げられるであろうし、インターネットなどのネットワークがある。そのメリットは、ユーザーはだれでも自由にアクセスすることができる点にあり、ネットワークを通じて「電子メール」が自由に行き来するのだ。それは、完全にリアルタイムで情報が入手でき、またマスコミには決して流れない、一種アンダーグラウンドなメディアとして機能するきわめて有効なメディアツールだ。

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