2009年12月16日

『エチカ』を読む(1)第一部定義1

 17世紀オランダの哲学者、ベネディクトゥス・デ・スピノザ(1632〜1677)の主著『エチカ』を頭からゆっくり読んでいこうと思う。本当に単に読んでいくだけである。
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 原著はラテン語で書かれているが、残念ながらラテン語を学んでから読み始めると、始まりがいつともわからなくなるので、英語と日本で済ます。英語訳は、フリーのグーテンベルク・プロジェクトのR. H. M. Elwesさんの翻訳を、日本語訳は岩波文庫の畠中尚志さんの翻訳を引用する。

 早速、第1部「神について」定義1である。

DEFINITIONS.
1.By that which is 'self-caused' I mean that of which the
essence involves existence, or that of which the nature is only
conceivable as existent.

定義
1、「自己原因」とは、その本質が存在を含むもの、あるいはその本性が存在するとしか考えられないものとする。

 一時期流行した「自己責任」は無責任な議論だったけれど、ここは「自己原因」である。

 幾何学的秩序に従って論証された論文を目指す本書の冒頭のスタート地点である。賽は振られたのだ。
 何らかのきっかけがないと話は進まない。そのきっかけが自己原因、なんらかの影響もうけず、結果でもなく、そこに「ある」もの、自己原因。自己が原因であるモノ、存在。
 のちのち、それは何らかの名前で呼ばれることになるのかもしれないけれど、今は自己原因としてだけ。
 因果関係の原初点にある存在は何となく分かるが、何だろうか。ワクワクする冒頭だ。

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