2009年12月 6日

新しいメディア?、Twitterを読むだけ、と浪費

 今話題のTwitterのアカウント(kenyama)を使い始めて、何人かの有名人、メディアをフォローし始めた。iPhoneにもクライアント・ソフトを入れた。
 時折、何かをつぶやいているが、特に面白いということはない。色んな人のその時の様子がうかがえて、楽しいといえば楽しいけれど、いつもパソコンの前に座っていたり、iPhoneを見つめているわけにも行かないので、これまでの悠長なメディア(ウェブ・サイト、ブログ)とあまり違わない「喜び」しか、見いだしていない。

 Twitterのアカウントは年明けに取っていたけれど、ずっと放置していた。ところが、津田大介さんの『Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流』(洋泉社新書y)を読んで、何だか楽しそうに見えたからだ。津田さんいわく、100人をフォローするとタイムラインが流れ出す、のだそうだ。
 想像するに、100人のつぶやきを画面に表示すれば、ちょっと目を離すと、話題も何もすべて流れていってしまいそうだが、情報量はすごそうだ。もちろん、従来のマスメディアのように、調理されて、整理された、咀嚼しやすい情報だけとは限らない。何といっても、「つぶやき」なのだ。
 私がテレビを視聴しないのは、視聴するためには、視線を画面に向けていないといけないことが苦痛だからで、Twitterも似たようなところがある。時間にそって流れるのは、音楽と映画で十分である。

 一部で話題になっているクリス・アンダーセン著『フリー <無料>からお金を生み出す新戦略』(小林弘人監修・解説、高橋則明訳、NHK出版)を読んだ。
 物理的な「アトム」の世界から、情報「ビット」の世界に変動し、アトムと違って、コストの極端にかからないビットの世界では、どんどん「商品」は無料(フリー)になる、ということらしい。
 文字、音声、画像、動画といったそのままデジタルになる「ビット」だけでなく、航空運賃や大学授業など「フリー」化のすすむ現状を分析した本で、前作『ロングテール 「売れない商品」を宝の山に変える新戦略』(早川書房)に続く話題作だ。

 いずれも、音楽や映画、小説など芸術・文化に対して、あまりにも楽観的すぎる(平板)なのは、ビジネス書の限界(著者の興味の範囲外)かもしれないが、人間的陰翳と深み、余裕がある世界が実現することはなさそうで、怖くなあ。
 あらゆること(流れ)をぎりぎりまで絞り続けて、吸収する資本主義の錦の御旗は、20年前に謳い上げられたように「価格メカニズム」だったと思うけれど、ついに、価格のないフリーにまでその領土を広げてきたということか。やれやれ。

 一番稀少な資源となった「時間」を浪費するだけならまだしも、その次くらいに稀少な資源である「お金」までは浪費しないという意味では、つぶやいてタダなのが一番だ。ただ、浪費しないようしないように暮らすのも詰まらなそうである。やれやれ。

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