薄利多売から暴利多売、少品種大量生産から多品種少量生産そして?
新年早々の銀座線車内。大手メーカー・トヨタ自動車の広告に出くわした。1編成全体をつかって、ハイブリッドの新車をイメージした赤い丸をモチーフにしたポスターが並ぶ。トレイン・ハイジャックだ。

驚いたのは、それに合わせて、つり革までも取り換えてある。手が込んでいるのだ。シールを張ったのではなく、手で持つ部分が赤いリングになっている。シルバーシートのオレンジのつり革や出入り口の変形つり革はそのまま。
不景気で減少した売上げ金額だけで、少々の産業をすべて飲み込んでしまうようなマンモス企業の広告で、お正月らしい赤い丸とあわせてとても印象に残る。
それこそバブル経済を日本が謳歌する前夜の1980年代。高度情報資本主義が花咲き、重厚長大の工業から軽薄短小の情報産業に産業構造はシフトし、それまでの少品種大量生産から、個々人の思考(嗜好)にあわせた多品種少量生産の時代がやってくる、と叫ばれていた(と記憶する)。
大衆から分衆へ、とか、モノからコトへ、とか、微細な差異の戯れ、とか何とか。
ところが、いつの間にか日本の産業の主軸は相変わらず、自動車、電器産業のまま。大量の商品を国内ではなく海外に販売し続けた。
不思議だった。あの騒ぎはなんだったのだろうか、と。バブル崩壊とともに、高度な資本主義は消えてしまったのだろう。カウンター・パートナーだった社会主義計画経済が、ほとんど消えてしまったように。
一方、情報化だけは進んだ。それも80年代からは想像もつかない規模だ。そう、ソフトの部分では多品種化が進んだ。
当時、消滅の危機のように言われた日本映画は、スクリーン数やDVD、ネットなど販売チャンネルが増え、山のように作られるようになった。デジタル化で映像を作るコストは激減したためでもある。どっちが先かは分からない。
パソコンの色を変えてイメージをアップした会社が成功して以来、各社が身もふたもないくらい外側の色にバラエティを持たせるのは、消費者に錯覚を与えるどころか、開き直ったような企業の戦術だ。少品種大量生産には違いないからだ。
しかし、データそのものを扱うデジタル産業(コンピュータ、金融など)は、暴利多売である。その典型が、一時期、基本ソフトの販売で圧倒的なパワーを見せた米マイクロソフト社だろう。そうそう、薄利多売の象徴のようだったダイエーは、この30年で沈んでいってしまい、未だに苦しんでいる。
80年代の多品種少量生産は、いわば暴利少売だったが、暴利多売へ、そして、これからは薄利少売なのだろうか。大変そうだ。
いずれにしても、何だか必要以上の物量で押し付けられているようで、あまり気持ちのいい広告ではありませんでした>銀座線のトヨタ自動車。
そんなことより、屋台で食べた焼き鳥のうまいこと。ふふふ。


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