2010年2月 6日

東京都現代美術館は盛りだくさん、なう。

 ひとつの公立美術館で、一気に2100円を払ったのは初めてかもしれない。東京都現代美術館の観覧料だ。それもそのはず。特別展みっつに、常設の特集展示がふたつというラインナップ。
 土曜で、関連イベントもあり、珍しいくらい繁盛している(失礼!)。これならどこぞの現代美術に力を入れている(?)知事も納得だ。

 メニューは以下の通り。

特別展
 「レベッカ・ホルン展 静かな叛乱 鴉と鯨の対話」(2/14まで)
 「MOTアニュアル2010 装飾」(4/11まで)
 「サイバーアーツジャパン - アルスエレクトロニカの30年」(3/22まで)
常設ギャラリー内の特集展示
 「岡崎乾二郎」(4/11まで)
 「クロニクル1945, 1951, 1957 戦後日本美術を見直す」(4/11まで)

 料金体系は、レベッカ・ホルン展だけが別枠あつかい。それぞれ会期が違って、そそくさと2月14日に終わってしまうからかもしれない。1500円のセット券に、半額割引のレベッカ展600円という位置づけ。両方に常設展示の料金が含まれているので、ちょっと損した気分。だから、再入場してみた。

 レベッカ・ホルン(1944〜)は、ドイツ生まれの現代美術の作家だ。日本での初めての個展だという。映像作品とインスタレーションが並ぶ。ヒリヒリとした鋭角的な感覚が心地よい。ゆっくりうごくゼンマイや棒、羽を見つめていると時間の感覚が狂ってくる。男性器が貝に入り込むのを見続けていると更に変な気分に。包丁も好きだ。

 気になったのは「鯨の腑の光」という作品。水面に本人による詩を光で当て、その反射光を室内にちりばめる彼女の特徴的な作品で、文字が光が暗い空間を流れ続ける。金色のつえが上下して水を差す。

 「装飾展」は、東京都現代美術館が毎年開催している若手アーチストを紹介する企画展だ。今回で10回目になる。そのテーマが装飾。
 「美術」の世界ではあまり高く評価されていないフレーズだ。ちなみに日本の装飾古墳はすごく綺麗。

 10人の作家が装飾性を競う。装飾と聞いて「草食」と同じ発音であることに気付く。会場を回って、どことなく「草食系男子」な雰囲気が漂う。そもそも10人のうち女性は2人だけだ(と思う?)。
 単純な印象だが、黒田潔さんの作品は大きな壁に描かれたマンガで、大きさがいい。森淳一さんは気持ち悪いので苦手です。ちなみに6月1日生まれだろうか。
 青木克世さんは、白いデコレーションが印象的。山本基さんの塩のインスタレーション「迷宮」は、ほとんど狂気である。小川敦生さんは石鹸の質感が良い。光が当たると不思議な柔らかさを持った物質に石鹸は変質する。
 塩保明子さんの巨大な紙作品には圧倒された。細かくエッジを効かせた切り抜いた紙とそのシルエットがすごい。思わず室内をうろうろしてしまう。

 「サイバーアーツジャパン」展は、お祭りのような展覧会。
 オーストリアのリンツで開かれるメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ」の30周年を記念した展覧会で、冨田勲、坂本龍一+岩井俊二、明和電機らが受賞している。
 会場は明和電機の変遷が圧巻。吹き抜けの煙突(?)から紙が飛び出す作品は、牧歌的な参加感が堪らない。岩井俊二さんとヤマハが作った「TENORI-ON」など参加型の展示も多い。

 が、どうころんでも、敵わないのは。宇宙航空研究開発機構(JAXA)による無重力空間で、光るオブジェをグルグル回す様子を映した作品だ。映っている日本人は有名な宇宙飛行士だと思う。世事に疎くて分かりません、ごめんなさい。
 現代美術がアイディアと技術の切磋琢磨、鍛練、訓練だとすれば、無重力空間で物体がどのように回るか、それがどのように映像に写しこまれるかと個人的に夢想しても、まずは実際に実現しない。
 で、この映像は楽しい。次は、宇宙服を着ないまま真空に投げ出された人間を見てみたいもの(冗談です)。

 常設展の特集展示に歩を進める。

 岡崎乾二郎さんは、1955年生まれの現代美術の作家だが、美術批評や教育活動でも知られる。最近では石川県羽咋市に依頼で家も建てたという。
 会場構成自体を本人が監修し、緊張感のある空間になっている。実際に上を歩くことの出来るタイル作品「釉彩陶磁床」もあって、足の裏がもじょもじょする。それぞれにタイルにはひと文字のタイトルが付けられている。
 壁に微妙な配置で並ぶ作品は、どれも明るく、心地よい。

 そして、その一方で「クロニクル1945, 1951, 1957」を見て、痛感するのである。時代と社会をそのまま表現した作品が以前はあったのだ、と。
 鶴岡政男さんの「重い手」(1949)、井上長三郎さんの「東京裁判」(1948)、中村宏さんの「砂川五番」(1955)など、社会的、政治的な状況を、ほとんどそのまま表現している。そして、見るものに政治的、社会的メッセージを確実に届けてくれる。
 美術としては不純なのかもしれないけれど、彼らのパワーは圧倒的だ。戦争画の橋本八百二さんの「ニューギニア作戦」(1944)も偶然に生き延びた作品の僥倖感が漂う。
 身の回りの頑張りとか啓発、作画技術といった些細な問題を突き抜ける「大問題」を、直截表現する作品を見てみたい。日本美術院の展覧会では難しいだろうから、数の多い日展に期待しよう。

 ところで、横浜美術館で、3月3日まで開催されている「束芋」展もいいけれど、2月14日で終わってしまう東京国立近代美術館の「ウィリアム・ケントリッジ」展にまず行くべきである。見逃すと広島市現代美術館に見に行かないといけない。いわゆる「アニメーション」が、そもそもどういった可能性を秘めていたかを体感できる。時間がかかるので朝一番で竹橋に向かうことをお勧めする。

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