音楽CDと文芸書の価格
ものが売れないらしい。特にCDと本。レコード会社と出版社は危機的状況である。幼少より一番なじみのある会社なのでとても気になる。同様に利用していた日本国有鉄道は、インチキ「民営化」されて無くなった。
安いCDばかりを売っている、新刊の単行本の発売が減っている。文庫本ばかり売っていて、新アルバムの発売が減っている状況。現存する作家は困り、出版社もレコード会社も「デジタル」化を前に途方に暮れる。
「Swing Journal」が無くなって、後継の「JazzJAPAN」が創刊して半年がたつ。SJの休刊は、広告料収入の減少が原因とのことだが、これまで出稿していたレコード会社のすべてが、JJに広告を掲載していているわけではない。街のCDショップも減って、セールス・プロモーションに使う予算も減っている。
そのためではないだろうが、大量の広告を打っていたヴィーナス・レコードの新作の価格が以前の2800円から1500円になっている。
各レーベルの古典的名品を1000円で売るのは、各社一段落したようだが、今度は新譜の価格破壊だ。今の人は幸せだ、とぼやいてもいい。
ただ。買う側にしてみれば嬉しいけれど、安い人件費で安く作れる衣料品と違って、生身の人間が精魂を込めて作ってくれる作品だ。
過去の在庫を安く売れるのは当たり前だ。ギャラもスタジオ代も、とっくに支払い済みで減価償却した財産を、「大好きな」デジタル技術を使って複製して商品にする。CDからコピーした音源をネットで公開する「違法コピー」を非難するけれど、あまり変わらないような。
新作のCDは2500円とか3000円で、1000円CDとの価格差は大きい。でも、文芸書も同様な価格差はある。商業ベースの小説の基本的な流れは以下になる。
1、文芸雑誌に掲載(「文学界」とか「新潮」など)
2、連載をまとめるなどして、出版社から単行本が発売
3、文庫本で発売
すべての単行本が文庫になるわけではないので、単行本しかない作品を目にするのは、時間が経つにつれて難しくなる。古書店などでそれを探すのは楽しいし、買い切り制の岩波文庫の絶版を地方やパリの書店で見つけたときは小躍りしたものである。
出版社や書店の在庫を考えると、出版されてしばらくは宣伝や書評も出るし、「新刊書」のコーナーに単行本は置かれる。が、人気作家の作品を除いて、ほとんどの作品は文庫にならないかぎり、新刊書店から消える。そもそも人気作家の作品は文庫になる。
よって新刊書店の店頭には、新しい単行本と文庫本しかないことになる。しかし、文庫本も以前とは違い、名作を収録するという建前はほとんど消え、ただの廉価本になっているが。
単行本は千数百円から数千円、文庫は数百円から千数百円(例外も多々あり)で、CD程ではないけれど、価格差はある。素晴らしい夏目漱石と内田百閒の作品が文庫であれば、新しい作家などいらない、と断言してしまえば気持ちいいけれど、そうはならない。同時代の作家の同時代に呼吸したくなる。音楽も同様だ。
素晴らしいウィントン・ケリーとハンク・モブレーのCDが千円で聞ければ、新しいミュージシャンなどはいらない、とは絶対にならない。さて、どうしたものか、うーん。
安ければいいのかというと、そうでもない。安くてもいらないものはいらない。食料品などの生活用品ではないのだから。
まずできることとして、CDショップを少しでも支えようと、気合いを入れてタワーレコードに向かう。休日の午後なのに、すいている。新譜を5枚買って、約8000円。デフレである。
音楽を聴くのが格好良い、とか、素敵! といった風潮が無くなったのだろうか。
