荒木高子さんの「砂の聖書」で、時間と緊張感を味わう
兵庫陶芸美術館で開催されている「荒木高子展 心の深淵に迫る」(2月26日まで)を見た。同館は、丹波焼の窯がならぶ地域に作られた陶芸専門の美術館だが、大阪から丹波路快速で50分、1時間に1本あるかないかのバスを乗り継いで10分余と、とてもアクセスが不便である。

展覧会は、2004年に82歳で亡くなられた荒木さんの、没後初の本格的な回顧展で、初期の作品から「聖書」のシリーズなど晩年までの約70点が展示され、写真家・篠山紀信さんによる記録写真まであり、魅惑的な荒木さんの世界を満喫できる充実した展示内容だ。
だいぶ以前の展覧会でみた荒木さんの「砂の聖書」は、とても印象的だった。崩壊し、土に帰ろうとしているかのような「聖書」で、さらにそれは陶芸作品なのである。
=「砂の聖書」(1983年、和歌山県立近代美術館蔵)
人間は記録を残す、思いを伝えるために文字を発明し、記載するための媒体を開発してきた。中でも「本」は、今も記録と知識の重要な媒体である。保管されるべきもので、崩壊しては困る最たるものだ。そして、本の中の本とも言える「聖書」が崩壊しているのである。風化する砂、石、土、何とも形容しがたい質感と色は、実際に作品を見て欲しいと思う。
荒木高子さんは、1921年、兵庫県西宮市に生まれた。父は、華道未生流宗家だ。15歳で父を亡くし、「家元代行」をつとめたという。40歳をすぎてから、本格的に陶芸を始めた。1979年の第5回日本陶芸展で、「前衛部門」にもかかわらず、「聖書シリーズ(砂の聖書、燃えつきた聖書、黄金の聖書)」が最優秀作品賞を受賞。以来、「聖書」をモチーフに晩年まで活躍した。
図録の巻頭論文「荒木高子の芸術」で、兵庫陶芸美術館・乾由明館長は、以下のように荒木さんの作品を特徴づける。
「ただひとつ確かなことは、「聖書」には、見る人の目と心にうったえかけて、多種多様なイメージや想いを掻き立てるつよい力があるという事実だ。詩人のボードレールは、受け取り手にもたらすこの喚起力こそ、作品を詩的な芸術たらしめているもっとも重要な表徴(しるし)であるといったが、若しそうであるなら、荒木の「聖書」は、まさにひろい意味における詩であり、真性の芸術であるといってよいだろう」。
大きさや形、色や材質の異なる多様な「砂の聖書」(同じタイトルの作品がたくさんあるのだ)を見比べて、内面で沸き起こる感情を受け止めるだけでなく、点字の聖書や楽譜までも、今この場で「崩壊」しつつあるのに驚いた。力だけでなく、時間と緊張感をも持つ作品だ。
初期の円筒形、球形の作品ではほのかに感じることしか出来ない緊張感が、聖書という素材をえて、80年代以降、形をかえ、バリエーションを増やしつつただよい続けている。
父親は禅宗の僧侶でもあり、兄弟はキリスト教徒だった。しかし、本人は亡くなる直前の病室で、洗礼と堅信を受けるまでキリスト教徒ではなかったという。
電気が無くなっても読むことの出来る本は、これからも生き長らえていくだろう。しかし、それが崩壊しつつあるイメージは、どこか恐ろしいものを感じるのである。
