東京都現代美術館は盛りだくさん、なう。
ひとつの公立美術館で、一気に2100円を払ったのは初めてかもしれない。東京都現代美術館の観覧料だ。それもそのはず。特別展みっつに、常設の特集展示がふたつというラインナップ。
土曜で、関連イベントもあり、珍しいくらい繁盛している(失礼!)。これならどこぞの現代美術に力を入れている(?)知事も納得だ。
お酒とジャズが大好きです
2010年2月 6日
ひとつの公立美術館で、一気に2100円を払ったのは初めてかもしれない。東京都現代美術館の観覧料だ。それもそのはず。特別展みっつに、常設の特集展示がふたつというラインナップ。
土曜で、関連イベントもあり、珍しいくらい繁盛している(失礼!)。これならどこぞの現代美術に力を入れている(?)知事も納得だ。
2010年1月23日
ツイッターが流行っている。eWorldでも、Facebookでも、SecondLifeでも何でもとりあえずは、登録するので登録した。
http://twitter.com/kenyama/
である。
140字という制限がいい。原稿用紙で7行。ほぼ三つで1枚だ。削ったり、推敲する楽しみもある。
そこで、昔から使っているペンネームで、妄想を書き始めたら、これが楽しい。だれもフォローせず、だれからもフォローされないので、140字の原稿用紙がわりだ。
試しに、まとめてみたら、うーんである。
交互に書いているのを別々にペーストしたのがいけなかったか!
2010年1月 4日
新年早々の銀座線車内。大手メーカー・トヨタ自動車の広告に出くわした。1編成全体をつかって、ハイブリッドの新車をイメージした赤い丸をモチーフにしたポスターが並ぶ。トレイン・ハイジャックだ。

驚いたのは、それに合わせて、つり革までも取り換えてある。手が込んでいるのだ。シールを張ったのではなく、手で持つ部分が赤いリングになっている。シルバーシートのオレンジのつり革や出入り口の変形つり革はそのまま。
不景気で減少した売上げ金額だけで、少々の産業をすべて飲み込んでしまうようなマンモス企業の広告で、お正月らしい赤い丸とあわせてとても印象に残る。
2009年12月31日
年末の街なのに(だから?)、いつもより人は少なく、歩きやすい。季節外れのように思えるイチョウの落ち葉が歩道を埋める。掃除する人はいない。オフィスビル全体がお休みだから。

写真は九州新幹線の「つばめ」号。以前は、東京・大阪間を走っていたが、今は八代と鹿児島の間に出稼ぎ中である。再来年には博多まで来るはず。
2009年12月 6日
今話題のTwitterのアカウント(kenyama)を使い始めて、何人かの有名人、メディアをフォローし始めた。iPhoneにもクライアント・ソフトを入れた。
時折、何かをつぶやいているが、特に面白いということはない。色んな人のその時の様子がうかがえて、楽しいといえば楽しいけれど、いつもパソコンの前に座っていたり、iPhoneを見つめているわけにも行かないので、これまでの悠長なメディア(ウェブ・サイト、ブログ)とあまり違わない「喜び」しか、見いだしていない。
2009年11月30日
ドクダミカーニバル。
マリンバカーニバル
チェリーカーニバル
ぶっカーカーニバル
しげぞうカーニバル
あくまでカーニバル
こわいぞハンニバル
カルタゴカーニバル
バーボンカーニバル
ホッピーカーニバル
ここまで。
2009年11月21日
展覧会を企画するのが学芸員である。最近はキュレーターと、カタカナで自称する人もいる。
そう、12月27日まで開催中の「´文化´資源として<炭鉱>展」(東京・目黒区美術館)こそ、学芸員の渾身の力作。そして、これこそ「ザ・展覧会」で、どこかの有名美術館や有名作家の作品を集めるだけの催事とは、まったく違う知的興奮と感動を全身で体感できる。
2009年10月27日
2009年7月 6日
なるべく乗りたくない乗り物が飛行機。感覚的に怖いのである。離着陸時には汗でびっしょりになる。ちょっと前に乗った時は特に怖かった。
上空では、シャンパンにワイン、スコッチと大好きなお酒を飲んで寝るだけだからいいけれど、緩やかに墜落しているような「着陸」は考えるだけで怖い。
2009年7月 3日
東京・銀座に新しいジャズを聞かせるカフェが出来た。6月にオープンしたばかりの「Blue Eyes(ブルー・アイズ)」で、昭和通りに面したビルの地下にある。
レコードだけでなく、CDもある。大音響を、かしこまって静かに聴く雰囲気ではなく、お酒もあって、楽しめる感じ。
2009年6月28日
都内の美術館、博物館をまとめて見ると、何だか繋がりがみえてくることあって楽しい。

東京・六本木の二つの美術館を見て回り、その足で両国の江戸東京博物館に回った。特定の時代を感じさせる、それらしい物の中に潜む、ちょっとした品に目が留まるのである。
2009年3月30日
国立新美術館で開催中の「アーティスト・ファイル2009 - 現代の作家たち」展を見た。ちょうど、夜通しイベントがあった六本木アートナイトの屋外コンテナによる展示もあり、賑やか。
これは石川直樹さんの作品。

何とかビエンナーレとか、トリエンナーレと違って、9人の作家だけを紹介しているのでお気軽に楽しめる。
2009年2月26日
まず最初に断っておかなくてはならないのだが、「近代の超克」は必ずしも、戦争とファシズムのイデオロギーにもなり得なかったことである。
「近代の超克」は、雑誌「文学界」が1942年9、10月号に掲載したシンポジウムにおいて使われた用語で、何かきちんとした理論構築があるわけでもなく、一種符丁のように使われただけで、内容は無いよう。
2009年2月25日
しかし、この流動体は明らかに矛盾と無理が内蔵されている。つまり、きわめて高速度で循環するこの無限ループには、外部が欠けている。そうした矛盾を隠蔽させるために、敢えて「外部」を用意しているといってもよい。そうした内部/外部の対立を壊すには、外部からそれを突くだけではなく、内部において矛盾を炸裂させる戦略があり、それは極めて有効だと言わねばなるまい。そう、この時、こうしたシステムを支えているコンピューターネットワークの内部に侵入し、これを錯乱、無化するこのウイルスは、一種の可能性を秘めていると言えるのではないだろうか。
2009年2月23日
ところが、大きな動きとなりそうなのが「コンピューターウイルス」の問題である。
自由な情報アクセスがこうしたコンピューターネットワークの利用価値を高め、自由で開かれたコミュニケーションを可能にする。ところが、コンピューターの内部に侵入し、そのプログラムをメチャクチャにする「コンピューターウイルス」は、こうして開かれたネットワークであるが故に、全世界的に波及し、最近アメリカにおいてかなりの被害をもたらした。それへの対抗策として、いくつかの試みがなされているようだが、ここでいちばん注意しなくてならないのは、この開かれたネットワークを逆に閉ざしてしまおうとする動きである。ネットワークの分断された端末は、単なる箱にすぎない。これでは、開かれたコミュニケーション空間としてのメディアテクノロジーを完全に無化する反動的策動といえよう。