ちくま文庫の『内田百間集成』が完結した
2年間にわたって刊行されていた『内田百間集成』(ちくま文庫)が完結した。最終の第24巻は「百鬼園写真帖」。以前、同名の『百鬼園写真帖』(1984、旺文社)を高松の古本屋で買ったけれど、中身は全然違う新編集だ。

お酒とジャズが大好きです
2004年10月12日
2年間にわたって刊行されていた『内田百間集成』(ちくま文庫)が完結した。最終の第24巻は「百鬼園写真帖」。以前、同名の『百鬼園写真帖』(1984、旺文社)を高松の古本屋で買ったけれど、中身は全然違う新編集だ。

2004年2月19日
内田百間『冥途』所収の「流木」(1921年、当初「蝦蟇口」として発表)は、道端に落ちていた蝦蟇口を拾ってしまったばっかりに、とんでもない目にあう小話である。
「私」は、きれいな10円札の入った蝦蟇口を、寂しい士族屋敷のようなところの道端で拾う。警察署に持っていこうとするが、その途中で巡査に見つかり、泥棒と間違えられる捕まるのではないかと不安になる。警察に届ける途中であるという「証拠」はないからだ。
2004年2月10日
もちろん、時間とお金の認識をパラレルに並べることは、時間が直線的に流れないことを知ってしまった僕たちには、おもしろいとは思えても、正確だとはいいがたい。しかし、百間がユーモア作家であるとしたら、そのおもしろさは、そこにこそあるのであり、そこに、いま百間を読む意味があるのだと思う。
Time is money.「時は金なり」。時間は大切なものであり、大事にしなくてはならない。そんな通俗的な解釈とはまったく別の、お金に「大切な」などの余計な意味を付け加えない、それこそ日頃は目にとまらない字義通りの解釈を提示すること。
2004年2月 7日
百間は、自らの貨幣観について以下のように記している。
「百鬼園先生思えらく、金は物質ではなくて、現象である。物の本体ではなく、ただ吾人の主観に映る相にすぎない。或は、更に考えて行くと、金は単なる観念である。決して実在するものではなく、従って吾人がこれを所有するという事は、一種の空想であり、観念上の錯誤である。
実際に就いて考えるに、吾人は決して金を持っていない。少なくとも自分は、金を持たない。金とは、常に、受取る前か、又はつかった後かの観念である。受取る前には、まだ受取っていないから持ってはいない。しかし、金に対する憧憬がある。費った後には、つかってしまったから、もう持っていない。後に残っているものは悔恨である。そうして、この悔恨は、直接に憧憬から続いているのが普通である。それは丁度、時の認識と相似する。過去は直接に未来につながり、現在というものは存在しない。一瞬の間に、その前は過去となりその次ぎは未来である。その一瞬にも、時の長さはなくて、過去と未来はすぐに続いている。幾何学の線のような、幅のない一筋を想像して、それが現在だと思っている。Time is money.金は時の現在の如きものである。そんなものは世の中に存在しない。吾人は所有しない。所有する事は不可能である」(「百鬼園新装」)
2004年2月 6日
『恋文・恋日記』を見るなら、そこには清子への熱烈な恋心、そしてそれをバネに勉強する少年百間の姿が、しつこいまでに明瞭に浮かび上がってくる。ところが、その結果一緒になった夫婦も十余年たち、別居することになる。というより、百間は家を出る。
そして、この当たりの経緯を創作ながら、綴った「蜻蛉眠る」がある。この中では、清子にあたる人物が、ある意味で一方的に悪者にされているのだが、それをめぐって友人、遺族、評論家がさまざまな告白や憶測を、「百間文学」の重要な核心の一つであるかのように発言している。
2004年2月 4日
百間は、日本語から遠く離れていた。それは、日本語が下手であることを決して意味しない。用法とコンテクストのみに支えられている日本語を上手過ぎるくらいに使いこなした作家として彼はいる。百間は、日本語を言語として書きつづけたのであり、それは「自己表現」とか「告白」には還元できないものだ。そう、書きつづけたのである。
2004年2月 1日
内田百間の「木霊」(『冥途』所収、1921年発表)は、全集でもわずか3ページの小品である。子どもを背負って泣きながら歩く女のあとを、「私」が追いかけて歩くだけの話である。私は、家に戻ろうとはせず暗い夜道を歩き続けてしまう。
妻子が家で待つのを知っていながら、別の女を追いかけている「不倫」なのであろうか。それとも、現在の妻をめとる前に交際した女が、夫を失い、母子家庭になったことを知り、不憫に思い、追いかけているのだろうか。
2004年1月19日
学校の授業中などに退屈して、教科書の漢字をじっと凝視し続けたことはないだろうか。分かっているはずの漢字でも、見ているうちに形と組み合わせがバラバラになって、やがて何だか分からなくなる。というより、文字としては「理解」はしているものの、何となく漢字として「納得」のいかない不思議な感じを抱いたことはないだろうか? 百間の「件(くだん)」は、そんな違和感をそのまま小篇にまとめた作品だ。
2004年1月10日
内田百間の「烏」(1921年)は、3ページちょっとの短い作品の中に、作中の「私」にとって分からないものが、これでもかと詰め込まれた作品。「毛物の形をした山」、「真赤な花」、「得体の知れない置物」、「犬のべうべうと吠える声」など「幻想的」で、読者にしてみれば、「私」の「深層心理」を探りたいという気持ちになる。ところが、作品自体があまりに短いので、何のことか分からないうちに終ってしまう。文章をコンパクトにするための練習をしている百間の習作かと見まごうばかりだ。
しかし、この作品には原形となった作品がある。タイトルも同じ「烏」で、旧制第六高校在学中に校誌「校友会会誌」(1910年)に掲載された。よって新しいほうの「烏」は習作ではなく、「完成作」なのである。
2004年1月 8日
普通思いつかないことを百間は思いつく。馬の針灸師といった職業が存在することを誰が思いつこうか。設定や話の流れに無理があるのは夢であるから当然としても、意識あるうちにそういった「夢」を思いつくのは尋常ではない。
文字通りに受け止めるためには、鋭い感受性が必要である。難しい文彩とか心理描写などを読み取るのは簡単だ。
2004年1月 5日
内田百間『冥途』所収の「山東京傳」(1917)は、まったく意味不明な随筆(?)である。「私」が江戸の戯作者、山東京傳(さんとう・きょうでん、1761-1816)の書生になり、玄関先で丸薬を作る。丸薬をねらった山蟻を家に上げようとしたことがきっかけで、私は山東京傳の家を追われる、といった話。たった4ページの超短編である。
ここでの読む快楽は、やはり文字通りに受け取ることである。何かを象徴しているのではないかとか、心の動きを読むことをやめ、「文」をそのまま味わえば、違った快感がやってくる。
2004年1月 4日
「夢」は、起きたときの気分を暗くさせたり、夜泣きの原因になったり、精神分析の対象にされたりと、本人のコントロールのきかないところで作用する。色つきの夢がどうしたとか、夢は「本当の欲望」を表わしているとか言われても困ってしまうだろう。
内田百間の夢は違う。幻想的ではない「リアル」な夢を描くのだ。そこに決して、深層心理や象徴などを読み込んではいけない。字のままに読もう。それが、百間の魅力であり、読み方の基本である。